議会で激しく論争やら、何らかのバトルがある場合、それが市政に対する問題で、例えば、市の未来を方向付けるような施策に対して、賛否が分かれ論争を繰り広げるのなら好ましいことだが、そんなことはほとんどなく、というか全くなく、揉めるといえば、それが議会の人事だとしたら、いったい議会の存在価値はあるのか?

 

 調べて見ようと思うのだけれど、市長提案の議案の採決はほとんどが異議なし賛成のはず。その確率は99%を越えるはず。採決になっても全体をとおして可決は100%のはず。 自分もそれに加わっているが、反対しない議員が悪いんじゃあなくて、否決しなければならない議案がないからこうなっていると考える。議案のほとんどが議論する必要もないほど当たり前のことに一応議会の承認を求めているので「異議なし賛成」は当たり前。

 予算のように選択肢がある議案であっても、「こうするしかない……」と考えに考えてだしていることが分かるので、これも賛成するしかない。

 結果、オール賛成。けどこうなると議会の存在意義ってなんだ?

 

「行政をチェック」なんてことを町議時代はやりまくった。実際、おかしな事がいっぱいあって何度も新聞沙汰の乱脈行政をただしてきたし、市議になってゴミ行政を巡って百条委員会を立ち上げ、「総点検」した結果、今はクリーンな運営になっていると思う。

 だけど、合併してから行政の内部チェックの精度が高くなったのか、ほとんど間違いがなく、たまにあっても気の緩みからくるものや、不埒な職員が引き起こす事故的な問題ぐらい。大きな組織になったらこれは致し方なしと考える。

「行政をチェック」も必要なしなら、議会って……。

 

 で、する事ないから議会人事に情熱を燃やすのか? 

 

もう一つ、議会の役割というか議員の役割で大事なものは、「市民の声を議会に届ける」こと。だがこの役割を果たしているのかもきわめて疑わしい。議員の最高の発言機会である「一般質問」をやる議員が平均して議員の半分以下だ。市民の声を届けるどころか「モノを言わない」のだ。

 議会で発言しないけど、「市民から道路が傷んでるって、連絡があったら市に言って治させている」なんてことを言った方がいたけど、道路の修繕なら議員でなくて普通の市民が言っても市はただちに修繕する。こんなことで市民の声を届けたなんてことにはならない。

 

 議会の役割として、

1 市長の提案を議会で審議して認否する。

2 市政全般をチェックし、誤りをただす。

3 市民の声を行政に届ける。

 

 1は全部賛成で、2はもうチェックするところはほとんどない。3はやっていなくてもなんの批判もないのでやらない。

 

 

 こんな状態なのは別に吉野川市議会だけじゃなく全国の自治体でも似たり寄ったり。

だとしたら、全国的規模で地方自治体の二元代表制の意味がなくなってきているのかも。

 さりとて、行政をチェックすべき議会がなくなったら、とんでもない首長がとんでもないことをやり出した時に、それを止める手段がなくなるからやはり議会は必要。

 だから議会って、首長が暴走した時にだけ必要な気がするのだが、そんなことは滅多にない。滅多にないことのために議員を置いておく必要があるのか? そう考えられてもしかたない。

 よく一般市民の声の中に、「議員を減らせろ」とか「議員なんかいらん」などなど議会を罵倒したりと、議会軽視の世論がある。これは、地方自治体においての今の議会の果たしている役割がほとんどないってことを、感じ取っているからかもしれない。

 

 世論はだいたいにおいて的を得ていると思うようになってきた。

参議院選挙前に安保法制を巡って、反対運動がありマスコミが大々的に取り上げた、おそらく野党陣営は自民党をこれで後退させられると思ったことだろう。だが世論調査も選挙も安保法制など関係ないがごとくの結果になった。「戦争法案」だ「徴兵制復活」などと不安をあおりまくった野党連中に冷や水を浴びせたのではないだろうか。

 

 世論は、議会議員、国会にしても地方議会にしても「減らせ! 減らせ!」と言う声が圧倒的だが、これは何を意味するのか? 議員がだらしなく、あの号泣議員みたいなのもいるし、金にまみれてしまう議員がいたりするからか、国会で居眠りしている議員をテレビで見たからなのか? だから議員なんかいらないと思っているのか?

 私は違うような気がする。 

 議会そのものが不必要なものだと思っているからだと思う。なかには「減らせ」どころか「無くしてしまえ」という声もあるぐらいだ。

 これまでに自分の選挙で五回戦い、他人の選挙でも重要な役割を担って選挙を戦ったが、選挙での有権者での投票行動にも「議会軽視」の傾向が出ていると思う。地方議会の選挙ではどこの選挙もそうだと思う。

 どこの町とは言わないが、地方議員の選挙で高位当選を果たす候補者を目に浮かべて欲しい。議員の役割の重要さを考えて選ばれていると考えられるだろうか? 中には議会に上がってもモノ一つ言わない議員もいたりする。これで行政をチェックできるはずがない。

 有権者が候補者を選び投票する決め手はどこにあるのか? 「議員の役割」の重要性を考えて選ぶなら、真面目で有能な候補者を選ぶはずだ。モノを言わない候補者や、モノが言えない候補者を選ぶはずはない。だから「議員の役割」の重要性なんてはっきり言ってどうでもいいのだ。

 地方議会選挙において有権者が候補者を選ぶ基準は、候補者との結びつきの強さによるのだと思う。だから単純な話、「地元候補者」がその地域では強いし、候補者の能力に関係なく「地元推薦候補」が票を集めるのだ。

 それ以外にも、選挙に強い候補者は有権者との結びつきを強めるため、ありとあらゆる努力を惜しまない。かつて、どこの県会議員とは言わないが選挙区の葬式には必ず顔を出す「冠婚葬祭議員」がいたし、地域の行事には議会活動より熱心にやる。特に「祭り」の手伝いは得意で、活き活きとした顔で汗をかきながら熱心にやる。だがこんな議員のほとんどが議会ではさっぱりだ。念のために付け加えておくが例外もいるが。

 さらに、今はもうやめているが、こんな議員もいた。議会ではほとんどモノが言えないので、その議員の支持者は私に頼み事を言ってきたりしていた。しかしこの議員は選挙になると支持者が熱心に動き私よりも強いのだ。

その議員の支持者のおばあちゃんがこう言った

「あの○○議員さんは神様のような人。一人暮らしの私の家の引き戸の立て付けが悪いのを見つけて、すぐに道具を持ってきて治してくれた。それまで開け閉めに苦労していたのに、指一本でスーッと開けられるようになった。こんなありがたいことはない。子供や孫に『こんな人にずーっと入れあかん』て言ってある」

さらに「あんたや訳のわからん紙切れもってくるだけでぇー、こんなんいらんよ」

と言って、私が配っている広報のJUN通信を突き返された。

『こら敵わんわー』と思った。

 選挙に出る者にとって何より大事なことは、議員になって何をするとか、すなわち「公約」ではなく、どれだけ多くの有権者と結びつきを持つかが重要で、公約なんぞ知ったことではないかのごとく掲げもしないし、仮に作ったところで間に合わせの美辞麗句を並べ立てただけのもので、ほんのお飾りにしかならないものがほとんだ。

有権者との結びつきを強めるために、ありとあらゆることをするが、物品を配るのはよくあることで、どこの町とは言わないが「人類は麺類だ」と言ったかどうか、宅配業者にソウメンを大量に送らせた御仁がいて、私の親戚の家まで届いていたそうだ。藍住町ではハムの詰め合わせを大量に送った議員がいてこれは逮捕されている。議会改革で全国に名をはせている(知っているのは全国の議会関係者だけだと思うが)小松島市では議会改革に熱心だった議員が選挙での買収で検挙された。議会改革を行っても有権者への働きかけは「改革」どころか旧態依然だったわけだ。

地方議会の選挙戦において、候補者も有権者も投票の決め手としているのは、その結びつきの強さであることは否めない。義理を多く作った候補者が強いのだ。その傾向は小さな自治体ほど顕著だ。村型選挙とはよく言ったもので、「どこの誰ベエは誰に投票する」っていうところまで読み切るものまでいる。狭い地域だから、誰と誰の結びつきが強いか知っているからだ。

 ところが平成の大合併で多くの自治体が消滅し、ある程度の規模の市になって村型選挙はなくなってきた。町や村にいた町民、村民は市民になって選挙においての「義理」からある程度は解放された。その解放された有権者が選挙に行かなくなった。地方議員選挙にしろ、首長選挙にしても市町村合併後の投票率は選挙のたびに下降している。

 義理に縛られなくても選挙に行くべきなのになぜ行かないのか? どうでもいいからだ。

議会がどうであろうと何も変わらないと思っている人が多いから選挙に行かないのだ。

 

 自分自身が議員なのに「議会がどうであろうと何も変わらないと思っている人が多い」などと書いたが、議員の働きによって変わる事もあるので、少しだけ書くことにする。

昨年度、吉野川市に寄せられた「ふるさと納税」は6700万円であるが、実は市の職員は「ふるさと納税」に全く消極的だった。これを議会で徹底的に批判し、返礼品のカタログをHPに載せることまで提起したのは議員の私で、私だけでは力が弱いので同じ会派の議員に「連打」してもらって、やっとのこと職員が動き出して、HPに市の特産品をのせたところ有名な「ふるさとチョイス」というサイトが取り上げてくれ、学のブドウに人気が集まり、寄付が殺到しはじめたのだ。

 あまりにもひどい市営住宅の家賃の滞納があるにもかかわらず、毅然とした対応をとっていないことを痛烈に批判したため、市は重い腰を上げて法的措置も含めて当たり前の請求をしたところ、毎年増えていた滞納が昨年度は逆に約400万円減少したのだ。プラスマイナス含めれば400万円の倍以上の収入増になったはずである。

念のために付け加えるが、「あまりにもひどい家賃滞納」とは何年にもわたって全く家賃をはらっていない滞納者のことで、中には十年以上全くはらっていない滞納者もいる。これを放置していたのだから杜撰もいいところである。


11/14に掲載 続く

議会の役割